「ベーゼンドルファー物語」
音楽の都、ウィーンを代表するピアノメーカーのベーゼンドルファー。ウインナートーンと表現されるその音は多くのピアノ弾きを魅了しているのではないでしょうか。決して派手ではありませんが、しっとりと心に問いかけてくるベーゼンドルファーは内面的なものを大事にするピアニストには大切なパートナーになるような気がします。ベーゼンドルファーの創始者はイグナス・ベーゼンドルファーという人です。
彼はヨーゼフ・ブロッドマンというピアノ職人の下で15年間研鑽を積んで、1828年にウィーンで操業を開始しています。そして早くも1830年には オーストリア皇帝から「宮廷及び会議所ご用達のピアノ製造者」の称号を与えられています。
当時のベーゼンドルファーは「ウィーン式アクション」でした。現代のピアノは、ほとんど全て突き上げ式といわれる 「イギリス式アクション」です。「ウィーン式アクション」は跳ね上げ式といわれ、その特徴は軽快さと明るく澄んだ音、歌う音色にあったと言われています。
さて、ベーゼンドルファーは1859年に息子のルードヴィッヒが後を継ぎました。彼は1900年初頭に生き残りをかけてかなりの変化をベーゼンドルファーにもたらしました。まず1つはアクションを「イギリス式アクション」に変えたことがあげられます。これによって素早い反復や力強い音色をベーゼンドルファーの音色に加えることに成功したようです。またスタインウエイの扇状交叉弦も取り入れました。やはりウィーンのメーカーでもこういった大きな世界的な流れを無視してはピアノ製造として生き残っていけなかったのでしょう。
その後1909年に息子のいなかったルードヴィッヒは友人のカール・フッテルストラッサーに経営を譲ります。しかしどのピアノメーカーにも困難だった、あの2つの世界大戦が起こってしまいます。
ベーゼンドルファーは1946年から47年にかけて、なんと11台しか生産できていません。戦後1966年にはキンボールグループに所属しながら現在にいたっています。
「プレイエル物語」
フランスの伝統的なメーカーであるプレイエル。その花の香りがするような音色はとても魅力的です。プレイエルの創始者、イグナース・プレイエルは1757年にウィーンの近くで生まれています。なんと24番目の子供ということでした。
さて、イグナースは音楽的な才能があったらしく、あのハイドンに師事しています。その後、作曲や演奏家として名をあげますが、1795年にパリに移り住み、楽譜出版を手がけます。さらに1807年にはピアノの生産事業も始めます。まさに精力的な起業家でした。上品な音色からはあまり想像ができません。
1831年にイグナースの息子、カミーユ・プレイエルが跡を継ぎます。彼は優れたピアニストでした。彼のもと、プレイエルはエラールとともにフランスの代表的なメーカーとして発展していきます。プレイエルといえばショパン抜きには語れません。ショパンいわく「私は気分が優れないときはエラールを弾き、気分のいいときはプレイエルを弾く」これはエラールが良くないピアノというわけではなく、ショパン的にはプレイエルの方が好きだといういうことなのでしょう。実際ショパンとカミーユ・プレイエルは固い絆で結ばれていたようです。
ショパンが祖国のポーランドを離れ、ウイーンを経由して1832年にパリにきたとき、この天才を見出して、世の中に紹介したのはカミーユでした。ショパンがパリで行なう公式のコンサートは全て、プレイエルサロンで 行なわれています。現在のプレイルは当然ショパン時代のものとは違いますが、それでもプレイエルでショパンを弾くとなんともいえない美しさを感じます。ふんわりと響きがつく音色はとてもショパンに合うのです。
それはともかく、その後もプレイエルはエラールとともにフランスの代表的なメーカーとして残っていきますが、19世紀後半からのスタインウエイやベヒシュタインの成功にやや押されてしまったようです。
大音量を志向する時代の流れについていけなかったのでしょうか。そしてついに戦後、フランスの代表的なメーカーであるエラール、ガヴォーは合併し、その後プレイエルも合併してプレイエル・ガヴォーという会社になります。しかしこの会社も1970年にとうとう倒産してしまいます。プレイエルのブランド名はドイツのシンメルに貸し出され、しばらくの間、シンメルでプレイエルというピアノは造られていました。
その後フランスでは伝統産業だったピアノ製造をもう一度復興させようと政府援助のもとラモー社を再興します。ここではプレイエルやガヴォーの設計図や職人を集めていたようです。その甲斐もあってか1990年代には ラモー社は復活を遂げます。そして1996年にはシンメルからプレイエルのブランドを買い戻しました。
やっとプレイエルが本来のフランスのピアノとして生まれ変わったのです。19世紀後半からピアノは常に大音量、音の輝かしさを求めて発展してきました。さらに2つの大戦によって伝統的なメーカーがどんどん姿を消していきました。プレイエルもその1つでした。たしかに大音量や音の輝かしさは現代の大きなホールでの 演奏では必要かもしれません。
しかし、一方で最近は小規模なサロンや100人程度のよく響くホールでの コンサートも多くなっています。そういった場所で耳を傾けたくなるようなピアノがプレイエルではないでしょうか。
「クリストフォリ物語」
クリストフォリは、ピアノを発明した人です。なので現代的な意味で「メーカー」ではないかもしれませんが、製作者であることは個人でしようが、会社組織になっていようがかわらないので、やはり「メーカー」ということがいえるでしょう。クリストフォリは1655年にイタリアのパドヴァで生まれました。フィレンツェでかの有名なメディチ家に仕えた楽器製作者、そしてメディチ家の楽器コレクションの管理者だったようです。
彼はおそらくチェンバロの弱点であった音量の変化ということに取り組んでいたのでしょう。チェンバロの弦を引っ掻くということによって音を出すという機構から、ハンマーによって弦を叩くという音の出し方へ変化させたのです。ピアノの特性を決定づける、このアクション機構が彼によって生み出されたので、ピアノの発明はクリストフォリということになっているのです。1709年のことでした。1700年代のはじめといえば、まだバッハやヘンデルが20代のころです。バロック音楽が隆盛を極めていたころですね。ピアノはまだ300年の歴史しかもっていないのですね。彼のピアノの特徴はいくつかあります。まずハンマー。現代のピアノはフェルトをまいてありますが、彼のピアノは羊皮紙が7重に巻いた中が空洞のハンマー をもっているようです。なので現代のピアノに較べると軽やかな典雅な響きがするようです。
そして、ハンマーアクション。おどろくことにほとんど現代のアクションの特性を全て備えているようです。まずエスケープメント。これはハンマーが弦を叩いた後に響かせるためにすぐに弦からハンマーを離す機構です。次にバックチェック。戻ってきたハンマーがはねかえって再度弦を打たないように次の打弦体制を整える機構です。また、彼のピアノにはウナ・コルダまでついています。これは鍵盤を横にずらすことによって2本張られている弦の片方のみ打弦するという機構です。考え方は現代のピアノとまったく一緒です。側板は2重になっているようです。
外壁は弦を固定してその張力をささえる役目。中壁は響板を固定する役目をはたしているようです。これによって、響板の振動を楽にしてあげる効果があるようです。クリストフォリのピアノはその後、ジルバーマンやツンペなどへ引き継がれていきました。そしてたった100年であのベートーヴェンやモーツァルトの美しいソナタが弾かれる楽器として成長していったのです。
「シュタイングレーバー物語」
シュタイングレーバーというピアノをご存知ですか?その比類なき音と長い伝統で世界で最もすばらしいピアノの一つといっても良いピアノですが、残念ながら 日本ではあまり知られていません。
シュタイングレーバーは1820年に創始者エドワード・シュタイングレーバーがバイロイトの北、100kmの地で製造を始めました。1820年というと既にショパンやシューマン、リストなどロマン派を華やかに彩る作曲家たちが生まれています。また、ベートーヴェンも現役で活躍している時代です。
クラシック愛好家にとっては最も憧れる時代ではないでしょうか。ピアノ製造の歴史から言えば、ブロードウッドやエラールなど現代ではあまり聴くことのできないピアノがその典雅な響きを鳴らしていたであろう時代です。さてシュタイングレーバー家は1852年にバイロイトに本拠地を移しています。
バイロイトはそう、あのワーグナーが活躍した土地ですよね。現在は5代目の独活・シュミット・シュタイングレーバーが引き継いでいます。このように創業者の一族が引き継いでいる稀有なメーカーでもあります。シュタイングレーバーは日本では知名度が低いせいか、素晴らしいピアノにも かかわらず資料が少ないのです。
ただ、徹底的に手作りなピアノなことからいくつかの特徴があります。その一つにアップライトピアノにグランドピアノと同じような連打を可能にするダブルレピティションが搭載されていることがあります。普通アップライトピアノはその機構上から連打が苦手なつくりになっているのですが、シュタイングレーバーの場合は、バックチェックに部品を追加して鍵盤が上まで戻らなくても次の打鍵ができるという機構を備えています。ピアノを勉強していくとアップライトより、やはりグランドでなきゃ!という時期が来るのですが、その大きな理由の一つにアクションの違い、すなわち弾いた時の指に伝わる 感触の違いがあげられます。
そういった違いは少なくともシュタイングレーバーには少ないのではないでしょうか。


